大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和55年(う)817号 判決 1980年10月31日

被告人 東根冨佐子

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人和田栄重、同山崎晴夫共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官武内竜雄作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一について

論旨は、事実誤認の主張であつて、原判示の被告人の行為は、歯科衛生士法二条二項、一三条の二にいう「歯科診療の補助」に当るから、歯科医師法一七条にいう「歯科医業」を構成する歯科医療行為には当らない、というのである。

そこで検討するのに、所論によると、歯科衛生士法一三条の二は、歯科衛生士に対し、主治の歯科医師の指示があることを条件として、「歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為」すなわち歯科医療行為を広く許容する趣旨の規定であるというのであるが、右の規定は、そのような趣旨のものではなく、規定の文言からも明らかなとおり、歯科衛生士が歯科医療行為に関与し得るのは歯科医師による医療行為への補助行為と認められる場合にとどまることを前提としたうえ、たとえそのような補助行為を行う場合であつても、歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある、診療機械の使用等については、主治の歯科医師の指示を必要とすることを規定したものである。そして、本件の場合、歯科衛生士たる被告人らのした行為は、歯科医師の単なる補助行為にとどまるものではなく、窩洞形成、根管治療、抜髄などそれ自体明白に独立の歯科医療行為と目すべき行為であるから、たとい主治の歯科医師の指示に基づく場合であつても、これを適法なものと解する余地はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二について

論旨は、法令適用の誤の主張であつて、(一)かりに原判示の被告人の行為が歯科医療行為に当るとしても、被告人のような歯科医師の従業員たる歯科衛生士がその地位においてこれを行う場合には、歯科医師法一七条の「歯科医業」を構成せず、歯科衛生士法一三条の二に違反するにとどまる、(二)被告人には右行為が違法な歯科医業に当るという意識がなかつた、(三)歯科医院の従業員にすぎない被告人が院長夫妻と共謀のうえ無免許歯科医業を共同して行つたと解することは許されない、というのである。

そこで検討するのに、歯科医師法一七条にいう「歯科医業」とは、同旨の法令用語の用例からも明らかなとおり、反覆継続の意思をもつてする歯科医療行為を意味するのであつて、所論のように歯科医師と独立した地位においてこれを行うことを要件としているものではないから、(一)の論旨は理由がない。

次に、歯科医業に当るか否かの認識は、当該行為の自然的意味の認識をもつて足り、その行為の違法性の意識までを必要とするものではないから、(二)の論旨も前提を欠き、採用することができない。

さらに、原判決挙示の証拠によると、被告人及び坂本眞理子は、坂本歯科医院を訪れた患者を分担して歯科医療行為に当り、時には同一患者について医療行為を引継ぐなど協力しながら共同して共に無免許歯科医業を行つていたものであり、また、歯科医師たる坂本惇一も、右両名に対し、無免許歯科医業を指示し、業務を分担させるなどして両名の無免許歯科医業に共同加功したことが明らかであるから、原判決が以上三名を共謀共同正犯と認めたのは相当である。(三)の論旨も理由がない。

控訴趣意第三について

論旨は、量刑不当の主張であつて、被告人に対しては罰金刑をもつて処断せられたい、というのである。

そこで調査するのに、本件犯行は、歯科衛生士である被告人と院長の妻が、歯科医師たる院長の指示を受け、約一年半にわたり歯科医師同様の医療行為を続けていたというものであつて、行為の危険性と規模からいつて犯情は決して軽くはない、しかも、被告人は、医療行為を行うことを理由に歯科衛生士の給与水準を超える高い給与を自ら要求していたのであつて、その点からも犯情は軽視できない。こうした点を考慮するときは、本件犯行の主導的役割を果したのは院長夫妻であつて被告人は従属的地位にとどまつていたこと、院長が保健所などから無免許医業を中止するよう警告を受けながらその事実を被告人に伝えずに無免許医業を継続させていたこと、その他所論指摘の被告人にとつて有利な事情を十分に酌んでも、被告人に対し罰金刑をもつて臨むべきであるとはとうてい認められず、その刑(懲役六月、執行猶予二年)も重過ぎるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 瓦谷末雄 香城敏麿 鈴木正義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例